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Dealer Meeting 2013 (1)

早朝5時半の列車に乗込み、アウグスブルグから
ベルリンの北、グライフスバルトに向かった。

10時間の旅は、ドイツをほぼ縦断したことになる。
窓から見える景色は、畑ばかり。

ドイツは工業国ではなく、農業国ではと思ってしまう。 
遊休土地も多く、どこにでも家は建てられ、食糧・エネルギー政策に、十分戦略を打てる国土である。

また、車内で見かける親子を見ると、愛情・教育・独立性等、数段日本より上である。
何か余裕すら感じる。


夕方からの、ウエルカムパーティに参加した。
135Eからは門田社長、小林顧問も来ていた。

明日からのミーティングが楽しみだ。


いつも変わらぬ、ハンゼヨットのドックサイド

2013年08月27日 13:03
アウグスブルグ ヘ

朝から雨模様。
長袖を選択。

モーツァルトの父親であるレオポルド・モーツァルト(以下レオポルド)が生まれた家を見学に、ミュンヘンの北西にあるアウグスブルグを訪れた。

モーツァルトが、1000年に一度の大天才と言われるのは、確かにレオポルドの教育のおかげである。
それが無ければ、他の作曲家のように、ただの天才であっただろう。

教育者レオポルドは、それほど頭が良かった訳である。
そんな意味でも、レオポルドには興味があった。

室内のヘッドフォンの解説では、レオポルドは自身の人生を全てなげうって、モーツァルトを連れて、度重なる演奏旅行をしたのではなく、本人も結構旅行が好きだったようである。

私は、旅好きはモーツァルトだけ、と思っていたのに。
親譲りなんだ。

つまり旅をすることにより、日常のしがらみから離れ、自由になりたかった訳である。
そして常に見知らぬ人と出会い、新鮮な情報を得る事に、喜びを感じていたのだろう。


「 旅 」 → 「 自由 」 ← 「 海 」

いずこにあるヨットを、いずこへ売却。
その過程でも旅が伴う。
なぜかクスグッタイ、自分のよう。 (笑)

自由な行動の源である、両足、そして車は常にGOOD CONDITIONにしておかなくては。。。。


生まれた場所は、ごく普通の街中であった


レオポルド、そして妻のアンナ・マリア

2013年08月26日 00:43
インスブルックへ (2)

これ程、すがすがしい空気に触れた事が今までに
あろうか ?


気温は20度弱、湿度は少なく、日本の地獄のような
暑さに較べれば、大天国である。


とにかく、外気に触れるだけでも幸せな気分になる。


朝から精力的に歩き回った。


イン川、黄金の小屋根、マクシミアン博物館、州立博物館フェルディナンデウム、凱旋門。


ヨーロッパの奇跡、ハプスブルグ家の絶頂期の遺産、品々で埋め尽くされている感じだ。


また、近くのブレンナー峠を見に行って、イタリア方面を
眺めたかったが、現在の高速道路では昔の味はなかろう。


一方で、ドイツ圏観光を卒業して、次はイタリアに行ってみたい自分がいるのだが。


こんなに近くに来ているのに、なかなか勇気が湧かない。 (笑)



ハプスブルグ家栄華の象徴、黄金の小屋根の前で。


イン川はザルツァッハ川と合流し、ドナウへ

2013年08月25日 00:21
インスブルックヘ (1)

今年の夏もヨーロッパに来た。
8/26から始まるハンゼヨットディーラーミーティングに参加する為だ。

その前に観光する場所を、今回はインスブルック(以下インス)、アウグスブルグに選んだ。

夏はほとんどの、オペラハウスはお休みである。
ヴェローナ(北イタリア)、メルビッシュ(ウィーン郊外)での野外オペラまでは勇気が出ない。

ウエブでインスの古楽(Early Music)祭を発見した。
カッチーニのオペラ「エウリデーチェ」の上演である。
これに決めた !!

インスはモーツァルト親子が、イタリア旅行の際泊まった所だし。
そうだ、お父さんの故郷のアウグスブルグにも立寄ろう。


ミュンヘンから列車でインスに入った。
とにかく、真上にせまるアルプスの山々に圧倒された。

予約のホテル「ヴァイセス・クロイツ」は容易に見つける事ができた。

チェックイン後、ホテルの真ん前のカフェで、「お疲れさん」のビールを飲んでいたら、私のホテルの前壁に、あるプレートを発見した。

なんと、モーツァルト親子が1769年12月14日に宿泊していたのだ。
当時のモーツァルトは13才。

感激である !!
早速、フロントで 「どの部屋に泊まったの?」
案内してくれた部屋は現在はホテルオーナーの仕事部屋になっているとか。


今晩上演のオペラは、1600年ごろの作品である。
バッハ、ヘンデルより100年も前である。

上演時間も短く1時間半、主題歌が最初から最後まで流れていたようで、オーケストラ(古楽器使用)も10人以下。

初期のオペラはこんなんだったのか !!
と変な納得をしてしまった。


驚く事なかれ、1465年創業のホテルである。
左側にはモーツァルト親子の宿泊記録プレートが。


モーツァルト親子はとんな会話をしていたのだろう ?
天井の剛健な木組みだけが、知り続けている。


オペラハウスの周りはなぜかザルツブルグの祝祭劇場の雰囲気をかもし出していた。

2013年08月24日 13:58
華麗なるオペラの夕べ

医大に入れば、お医者さんに。
法学部に入れば弁護士、検事に。
社会の中に受け皿があって、専門学部が存在する。

しかし、音大に入れば音楽家に成れるんだろうか ?
ほとんどNOである。
芸術家の活躍場所は限定的である。
特に日本は。

北垣旬子(ソプラノ)さんを初めて聴いたのは丁度3年前である。
「椿姫」のヴィオレッタを通しで歌ったのを、鮮明に覚えている。

その後も、イタリアで3ケ月、日本で3ケ月の音楽活動を続けている。

彼女にしてみれば、「プロ、アマは関係ない。好きな音楽活動をどう創造していくかが、私の人生である」と思っているのかな ?


イタリアから恩師(メゾソプラノ)を迎え、
「蝶々夫人」では着物姿でスズキを聴かせてくれた。

2013年08月11日 16:23
沈壽官窯(チンジュカン)

よく立ち寄る、アンティークショップ「FOGHORN」の船田さんから、「鹿児島によく出張するなら、一度沈壽官窯に立ち寄ったら」とよく言われる。
焼き物に興味が無いから、いつも生返事。

ロシア向けヨットの輸出検査で、鹿児島谷山に出向いた。
午後一番の検査はすぐ終わった。

暑い最中、広島までの長距離運転はイヤだし、夕方出て深夜到着を狙った。
高速の深夜割引も可能になるし。

さて、それまでどうしよう ?
そうだ、行ってみよう。
沈壽官窯は車で約30分の距離にあった。

韓国と中古艇ビジネスを始める前に、日韓併合36年の歴史はかなり勉強した。
しかし豊臣秀吉の朝鮮出兵の歴史書は、ほとんど読んでいない。
あえて言えば、韓国の武将、李スン臣ぐらいである。

薩摩焼よりも、拉致された朝鮮人の歴史の方が興味深い。
焼物は買わず、司馬遼太郎の「故郷忘じがたく候」を買って帰った。


どんな絶望の中でも、人間は生きて行ける。

2013年07月19日 11:07
サラ・ブライトマン コンサート

作曲家の坂本龍一さんが言っていた。

美術館へは本物の絵を見に行くのに、音楽はどうして録音もので、満足してしまうのだろう ?

まさに、これはコピーの絵画を見ているのと同じなんだ。
もっともっと、コンサートに行くべきなのだ。 と

同感である。
やはり足を運んでこそ、本物を堪能できるのだ。

イギリスのサラ・ブライトマンが広島にやってきた。
歌が本当に本当に、うまい彼女が大好きだ。

席は最前列から3番目のほぼ中央。
歌をとってもとっても、大切にしている事が手に取るように
わかる。
美空ひばりを思い出してしまった。

コンサートのお土産は「幸福感」であった。

録音ものでは、味わえない感覚である。


才能のある人ほど、挑戦している
ベッカムも同様、物腰が本当にソフト。

2013年07月17日 00:28
木製手漕ぎボート

5月末の韓国国際ボートショウで気になった木製ボート。
やっとその工房を訪問するチャンスに恵まれた。

関釜フェリーの到着に合わせて、代表のHanさんが
釜山フェリーターミナルまで迎えに来てくれた。
工房は釜山と馬山の中間の、工業団地内にあった。

まず見せてくれたのは、ニュージーランド人設計の
4m弱のセーリングディンギー。
もちろん帆走装置を取り外せば、手漕ぎボートに変身。

工房の2階はデザインルーム。
海外設計資料、模型、大きなドラフター等々。
木製ボート、ヨットへの情熱が伝わってくる。

来年春には22ftの木造セーリングクルーザーが完成
する予定であるとか。

木製ボート、ヨットも商材にいれてみようかな (笑)


マスト・舵等を外し、手漕ぎボートモードにしてパチリ。

2013年07月12日 15:37
天才画家の10代

個人自営業という仕事がら、「能力」とか「才能」という言葉にはとても敏感だ。
ましてや「天才」となると、最大級のあこがれに
なってしまう。

熊野町にある、筆の里工房へ「天才画家の10代」を
鑑賞に出掛けた。

ピカソ、モネ、ロートレック、ムンク、平山郁夫、山下清、
池田満寿夫等、24名の作品があった。

やはり気になったのはピカソである。
一日に平均3枚の絵を描き続け、92才まで生きた
のだから、その点数は膨大である。
作品は初めて観るものばかりであった。

「踊り子」「街の娘」は最小限の輪郭線にもかかわらず、
衣類のふくらみが見事に表現されている。

いや、余分な線を捨てているからではないだろうか。

ピカソは正真正銘の天才である。



19才の作品 「踊り子」。
とても小さく、ハガキ程度の大きさである。

2013年06月19日 16:52
韓国国際ボートショウ

今年も韓国国際ボートショウにやってきた。
見学時のホテル支援をパスしたからである。(笑)

今回は京義道のタンドマリーナからソウル近郊の高陽(コヤン)市にある、KINTEX(韓国国際展示場)に会場を移した。

出展艇の大小はあるものの、3月の横浜国際ボートショウと比較すると、断然韓国の方が”国際”にふさわしい。

カナダ、イタリアそして南アフリカ等からも出展がある。
つまり、主催者側の世界への呼掛け、及び支援結果である。
会場のいたる所で、白人が商談している。

ボートショウにおいても益々ガラバゴス化している日本のマリン業界。
危機感を感じざるを得ない。
組織のトップを老人に任せておくと、何も変わらない。


韓国のマリーナは、2019年には約50箇所になるとの。

10年後には、日本のオーナーが韓国を津々浦々、韓国のオーナーが日本を津々浦々、それぞれクルージングしあう
時代が来るでしょう。

その先取りなのか、小樽マリーナがブースを構えていた。
しかしよく聞いてみるとそうではなく、小樽港での舟遊び
ツアーの案内のようである。(笑)

木造のカヤック、ローボート、テンダーボート、ピクニックボートの出展が目立った。
日本に輸入しても、結構売れるかも知れない。


今回の韓国国際ボートショウを通じて
  ・変化する 韓国社会、業界。
  ・変化しない日本社会、業界。
の対比を感じた。

その一つ目の原因は、急速に進む高齢化であろう。
老害化する社会、業界を打破する知恵が必要だ。

二つ目は海の規制緩和である。例えば、
海技免許を持たない外国人観光客にもベアーチャーター
(船長なし)ができ、チャータービジネスを観光産業とする
法整備が必要である。

京都、奈良を訪れた後、瀬戸内海でヨットチャーター等
できたら、何と素晴らしい事であろうか。


黄色は既存のマリーナ。白色は建設中のマリーナ。


ブース代は4日間で、たったの10万円/コマとの。
加えて通訳付(無料?)である。


クオリティーはかなり良い。近いうちに工場を訪問してみたい。

2013年05月30日 21:55