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ヴェネツィアにて (2/2)

アカデミア、ペギー・グッケン両美術館にて、絵画を鑑賞した後、夏休み中のオペラハウス「フェニーチェ劇場」を見学に行った。

12ユーロで入場可能なので、ホールに入ると9月からのオペラシーズンの為の、ゲネプロ(オーケストラと歌手との最終稽古)を見ることができた。

演目はヴェルディの「椿姫」。
なんという幸運な事だろうか !!

若い指揮者がしきりに、歌手とオーケストラとの調整に、大声を出していた。

やはり、ピットに入っていても、最終的には指揮者が牛耳っているのだろう。
ほんとうに貴重なシーンを見学できた。


サン・マルコ広場で、バンド演奏をしていたので、
一番近くの座席で、ビールを飲んだ。

ピアニストの女性が、私を日本人だと確認し、「瀬戸の花嫁」を演奏してくれた。
うれしかった。

1771年2月13日、モーツァルト父子が謝肉祭のカーニバルに、この広場に来た事もあって、彼の「トルコ行進曲」をリクエストした。

譜面を取り出して、演奏してくれた。
ピアノではなく、クラリネットをフューチャーして。
この場で聞いていると、不思議な気持ちになった。

あのピアニストの女性になぜか、特別なものを感じてしまった。

旅とはこんなものだろう。。。 (笑)


青を基調にした、とても美しい場内。


旅に出て、音楽を求める気持ちが強い事、再確認した

ヴェネツィアにて (1/2)

ハンゼヨットディーラーミーティングの前に、今年はヴェネチィア、ヴェローナに立寄る事にした。

空港から通船で、本島の半分を沖から眺めながら、
想いを馳せ、中世の歴史をぼんやりと感じた。

降りた桟橋から、サン・マルコ広場近くに予約した
ホテルを見つけるのに一苦労。

詳細な地図はあるものの、迷路のような路地には
びっくり。
とうとう人に聞いて、やっとたどり着いた。

インターネットも通じ、安心して昼食を取ることができた。
ビールが美味しかった。

とにかく観光客が多い。
安芸の宮島どころではない。

明日からの観光、スリに会わないように !! (笑)


これが北ヨーロッパ人の憧れていた、イタリアの青い空。

デュフォー365GLの引渡し

台風11号の過ぎ去った8/11、鹿児島にあるデュフォー365GLの、韓国向け引渡しの為、九州に向かった。

博多で韓国人の回航スキッパーをPICKUPし、福岡韓国総領事館で仮国証明書を取得した。
今回の所要時間は約1時間。

前日ソウルから鹿児島に飛んだオーナー夫妻を、駅前のワシントンホテルでPICKUPし、KMSマリーナに着いたのは午後3時半。

マリーナは出港準備でてんてこ舞い。
台風到来で、後回しになっていたのだ。
午後9時ごろ、完了の連絡を受けた。

我々4人は買い出し、そして夕食。
若いオーナー夫妻の購買意欲はものすごい。
まるでハワイ、ロス までクルージングするかの様。

翌日の午前には、輸出検査、出港届、燃料積込、不足食糧の買出し、そして遅い昼食。

オーナー夫妻とは、2日間ではあるが、楽しい時間を過ごさせて頂いた。
午後3時に出港。

回航はあえて、ほぼ新品のレーシングセールを装着。
オーナー曰く、「3年くらいは持つだろう」 と。

と言う事は3年後には乗り換え ? (笑)


鹿児島~韓国、300M回航は、殆ど帆走可能域。
オーナー夫妻は、セーリングをマスターするでしょう。

ナヤド340の引渡し

今回初めて、韓国在住の外国人(ベルギー人)にヨットを販売した。

福岡の韓国総領事館より、問題なく仮国籍証明書が発行されると思っていたが、3時間粘ってもダメであった。

彼らの言い分は韓国人、または韓国登記の会社にのみ発行するとの。

仕方なく韓国人の回航スキッパーに、一時的にオーナーになってもらった。

一時はどうなるかとハラハラしたが、一件落着でホッとした。

お客さんには、事後処理の報告をしたが、快く了解してくれた。

そろそろ韓国の法律に、精通する努力をしなくては。。。


鹿児島出港時のナヤド340

韓国国際ボートショウ

今年も韓国国際ボートショウにやってきた。
会場はソウル近郊の、高陽(コヤン)市にある、KINTEX(韓国国際展示場)である。

客船事故の影響なのか、展示品はレジャー系よりも救命系が多かったようにも思える。
政府の指示があった。との
来場者も昨年より少なく感じられた。

ドイツ、イギリススペイン、、アメリカ、カナダ、南アフリカ等、世界からの出展がある。
興味をひいたのは、ドイツ製のソーラークラフト。
カリフォルニア製の15ftスモールヨット。

日本からの出展は、3社。隣国としては確かに少ない。

1ホールの中の展示品は雑多で、何でもアリの感は否めない。
円安の影響なのか、安いものはほとんどない。


釜山にて (3/3)

5/3~5/6、釜山でゆっくりできた。

昨今の円安。
ヨーロッパに行くと堪えるが、韓国ならまだ許せる感じ。

地下鉄、タクシーはまだ日本より安く、
食事も日本と同じくらい。

気晴らし、リフレッシュは海外が最高。
円安も当分続くでしょう。

私にとって韓国が、その願いを叶えてくれるのかも。


不幸な客船事故が起こってしまった。
韓国のテレビは当然持ち切りだ。

でも大丈夫。必ず乗り切る。
釜山の雰囲気から、肌で感じるものがあった。

日本のテレビがしつこく、長々と報道しているが、
韓国社会の片寄った報道につながりかねない。
他国の事故なのに、もういい加減良いではないか。

原発事故収束ができていないのに・・・・・
もっと足元を固めるべきであろう。


広安里のビーチは若者でにぎわっていた。

釜山にて (2/3)

5/5、am7時過ぎ、ロシアのレース艇がウラジオストックに向けて出港していった。

松石氏が乗艇予定だったヨットである。
ヨットはクックソン12mで、旧「ガスト」である。

冬の間、港が凍結するので、10月~5月までは釜山に、夏はウラジオに帰るのが彼らのセーリングスタイルである。釜山のマリーナには専用船台まで、用意している。

まるで渡り鳥のよう。

北朝鮮の海岸からは少なくとも50マイルは離すとか。
君主危うきに近寄らず。

500マイルの回航が安全でありますように !!


クルー達は、体育会系さを全く持ち合わせていない。

釜山にて (1/3)

突然釜山に来た。

4月下旬にコロコロの着いた旅行カバンを買った。
形がヨコナガの、2~3泊用である。

旅行のあてもなく、明らかに衝動買いである。
最近自身、カバンに凝っているようだ。

手に入れれば当然、どこかに行きたくなる。
GWも近いし、しかし国内はどこもモノカルチャーだから、
驚きが少ない。

そんなところにアクティブマリンの松石氏から
電話が入った。
「釜山に来ない?」

毎年4/末から行われるBusan Cup Yacht Racetが、例の客船事故でキャンセルとなった。
ロシアチームで参加の彼は、マリーナでヒマしているから、遊びに来ないかという事である。

「OK !!」の一発回答。

釜山までの交通手段は何とかなる。
関釜フェリーが満席になった事を聞いた事がないし。
問題はホテルだ。
Websiteではどこのホテルも満室状態。

「そうだ、General Leeに頼もう !!」
彼とは20年近くの付き合い。

紹介してくれたホテルはマリーナの対面、歩いて15分ほどのCASTLE BEACH HOTELであった。
朝食付きで、一泊9000円。
50室ほどのこじんまりとしたホテル、レストランであった。

眺めは最高 !!
特に夜はロマンチック。
ライトアップした広安里(カンアンリ)の橋、そしてバイパス道路。

Genaral Leeに感謝 !!


マリーナからこんなに近いところにホテルが
有るなんて大発見である。


巨大タワーの左側がマリーナ。
10Fのレストランからの眺め。


釜山方面へのバイパス高速。
正面ビルに隠れた広安里の吊橋。

横浜国際ボートショウ

3/6(木)~3/9(日)、横浜国際ボートショウの応援営業に出かけた。
ウインクレルのハンゼブースである。

今回はパシフィコから、ベイサイドに展示場所を変更した。
ヨットの屋内展示は費用、手間がかかる訳である。

3/6は前日の雨から一転の強風。
3/7は曇り、夕方一時みぞれ。
3/8,9は晴天。

昨今のユーロ高、そして4月からの消費税UPの影響で、
新艇販売はしばらくはアゲインストとなろう。

リーマンショック、3.11震災に続いての逆風と
考えなくてはならないだろう。

数社のヨットディーラーは、4月以前に輸入した
在庫艇展示をしていた。
それができるのは日本では4,5社のみであろうか。

お客様の濃い購入計画は、ほとんど頂けなかった。

遺産が転がり込んだOWNERを探そうか? (笑)


期間中はオーナーズバースを空けて頂いた


個性的なハルカラーのHanse345

パリ ヘ (3/3)

夕方帰国の1/25、ピカソ美術館が6月まで大改装中なので、次回に譲り、パリ最大の墓地「ペール・ラシェーズ墓地」に出かけた。

音楽家ではショパン、ビゼー、ロッシーニ等々。
画家ではダヴィット、コロー、ドラクロア等々。
作家ではオスカー・ワイル、ボーマルシェ等々

雨模様であったが、9時過ぎには小降りになってきたので、とりあえずチェックアウトし、スーツケースだけはホテルに預かって貰らった。

マリア・カラスと、エディット・ピアフの墓を見たかった。

旅行案内ではカラスの墓はなく、骨壺安置所にあるとの。

そこは丁度、コインロッカーのような感じであった。

多分、花で埋まっているのだろうから、すぐわかるだろうと
思っていたが、見つからず無駄な時間が過ぎるだけ。

とうとう聞いてしまった。
案内してくれたロッカーを見て、目を疑った。

一輪の花すら無い。
「これがあの偉大な歌姫の最後の場所なのか?」

縁には、彼女を愛おしむファンのサインが書かれていた。
最後の恋人、ステファーノのサインもあった。

晩年の一人ぼっちの境遇から、こうなったんだろうか ?
そして、彼女はフランス人でもないし。


ピアフの墓は見つけるのに時間はかからなかった。
彼女はFamilyの墓に収まっていた。
墓はよく手入れされ、花も飾られていた。

次回パリに来る時は、ピアフ記念館に是非行って
みよう。
彼女のいろんな事を見たい、知りたい。
パリオペラ座、シャンゼリゼ劇場、ピカソ美術館と
合わせて。

ホテルはシャンゼリゼの方が良いかも。
ディナーショウにも気軽に行けるから。


カラス54歳、ピアフ48歳、悲劇の歌姫は早々と世を
去ってしまった。

恐らく芸術は苦しみ、悲しみの中から生まれるものだろう。


ライトの左ななめ下が、マリア・カラス


モーツァルトの骨は見つからないのだから、まだ救われる?


エディット・ピアフの墓