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釜山国際ボートショウ

昨年に引続き、釜山国際ボートショウに出掛けた。

釜山フェリーポートが、地下鉄一駅分、移動していた。
8/31にOPENしたらしい。
知らなかった。
韓国の素早さに、脱帽。

昨年(初回)にくらべ、出展数が少ない。特に海外からの。
出展の際の得点(ホテル、通訳、ブースFee 等)が
あっても、O/Pが出なければ長続きはしないかも。

韓国ガンバレ !!
ついでに日本も。 (笑)

今年の5月、韓国初の単独無寄港世界一周を成し遂げた
Kim Seoung Jin さんのコーナーが賑やかだ。

彼と話した、
「クロアチアでオセアニス423を買い、韓国まで
シェークダウンを兼ねて回航した。その後準備を整えて、
出港した。209日かかったよ。遅いのかな ?? 」

いかにも韓国人らしいスピーディな、挑戦だ。


微風の中、韓国を出港

2015年09月28日 17:48
英国ロイヤルオペラ / ドン・ジョヴァンニ

今年の3月、モーツァルト協会を通じて、9月の英国
ロイヤルオペラの引越し公演の案内があった。

出演者を見て、びっくりした。
ダルカンジェロ、ヴィラゾン、ディトナート等、
世界のトップクラスのオペラ歌手が来るのではないか。

即、55000円のS席を予約した。
こういう時は、ほとんど迷わない。
本能のおもむくまま。 (笑)

9/13、朝の新幹線で渋谷のNHKホールに向った。
2日前、関東に震度4の地震があったので、
余震が少し心配。

案の定、開演前に、地震が発生したら、演奏を途中で
止めることもある。との

こんなことを言うオペラハウス、世界にないのでは ?
東京に住んでいる人は、怖くないのだろうか ?
なぜ引越ししないのだろう ? (笑)


まずオーケストラがすばらしい。
配役がほとんど適役である。
ハイテクを取り入れた演出も見応えがある。

ひさしぶりに体内から湧き出る、「幸せ感」を感じた。


中央がドン・ジョヴァンニ役のダルカンジョロ

2015年09月14日 20:42
セーリング日和

一年で、ほんとうにセーリング日和の日は、
数えるほどしかない。

9/11、朝の散歩時今日は絶好のセーリング日和だと、
まさに感じた。

鬼怒川の氾濫で、心が曇っていたが、
車を観音マリーナに走らせた。

私は仕事がら、回航はよく乗る。
今年も遠州灘を2回、玄界灘を5回走っている。
但し、セールを上げても、ジブまたはメイン。
そして常に機帆走。

昔やった純粋なセーリングへの、望郷みたいな
ものが、最近湧いてきた。

このままずっと海に居たい !!
マリーナに帰りたくない !!
そう、そんな感じ。

ヤマハ23Ⅱが8/末、手に入った。
このサイズなら、ファーラーも、オーパイもいらない。
自分のハンドリングでなんとかなる。
マリーナの桟橋で、一人でもセールは畳める。


セーリングしながら頭の中は、モーツァルトピアノ協奏曲
9番「ジュノム」の第2楽章が流れる。

当時21才の、モーツァルトの恋心をあれこれ瞑想
しながら。。。。 (ジュノムは女流ピアニストの名前)

そうなんだ、こんな時間を大切にしなくては !!   (笑)


ジブはレギュラーが良い。
タックが簡単、風下の見通しが良い、畳むのが簡単。

2015年09月12日 10:59
韓国への引渡し

8/21午後4時、韓国釜山に向けて、TAKAI37CCが
広島観音マリーナから出港した。

オーナーはソウルのドクター、クルー4名で総勢5名。
金曜日の夕方に出港すれば、日曜日の午前中には
釜山に入港できる。

クルートレーニングには、最適の行程である。
瀬戸内海の島々、玄界灘。
ナビゲーション、セーリングの教材としてはGOOD AREA。

関釜フェリーで下関に8時到着、小倉へJRで移動後、
のぞみに乗れば午前9時半過ぎには広島到着できる。

韓国総領事館で仮国籍証書取得、税関にて出港届、
入管にてパスポートスタンプ、そして食糧・燃料積込。
夕方には十分出港できる。

ヨットを通じてお隣の韓国と、これからも仲良くやって
いきたいものだ。


彼らはガラスキの広島観音マリーナを
どう感じたのだろう ?

2015年08月23日 15:38
美しい岬

玄海灘を通過して、平戸に向かう場合、我々はよく呼子
と、その沖にある小川島・加唐島の間を航行する。

呼子の北側に加部島があり、のどかな牧場が
眺められる。

青々と茂った牧草。
放牧された10数頭の牛。
岬にある展望台。

こんな風景は中々見られない。

しかし、そのすぐ西の半島に玄海原発が存在する。

福島の事故以来、原発は自然を破壊することが、現実
として暴露された。

自然環境の良い所ばかりにある原発。
その景色に違和感が増すばかり。


一度あの展望台から、海を眺めてみたいものだ

2015年08月08日 08:23
Dearler Meeting 2015

7/12の午後10:30、ウィーン中央駅から夜行寝台列車に乗込んだ。
駅構内には、Freeの Wi-Fi が完備していたので、パソコンを使う事ができた。
新しい駅のあるべき姿かも知れない。

寝台列車の切符は、日本でドイツDBサイトで購入、郵送
してもらっていたので何も不安はなかった。
ただ列車の到着が遅れると、ホームナンバーが変更になる可能があるので、それには注意していた。
幸い定刻通りに、ベルリン行の列車は入ってきた。

4人部屋は、私のみの乗客であった。
翌朝目が覚めたのは、ドレスデンあたりであった。
午前9時、ベルリン中央駅に到着。

駅構内のいつものお店で朝食。
ここまで来れば一安心。
おもわずビールを頼んでしまった。

別の列車に乗り換え、ハンゼヨットのある
グライフスバルト駅に着いたのは、午後1時半。

ホテルに荷物を置き、工場に歩いて行った。
ウインクレルの的野氏達は列車遅れで、1時間後到着。
すでに到着していた135°EASTの門田さん、バンデ大橋
さんらとビール、ワインを飲み始める。

一人旅の緊張から解放されたのか、酔いがいやに回る。
毎回そうである。
ウエルカムパーティーの後どうやってホテルに
帰ったのか、まったく覚えていない。
当然二日酔い。


今年のDealer Meetingの目玉は、New Hanse315 及び
New Hanse675である。

一号艇の建造が、それぞれ着々と進んでいる。
Hanse675はすでにトルコから受注があったとか ?

納期リードタイム、価格で、CNBやOYSTERと競い合える
はずだ。

New Hanse315は、325を発展型にしたものだ。
2-Steeringを備え、345を小さくした形状である。
Day Sailing, Size Down , New Sailorを対象にしている。
来年3月の横浜国際ボートショウには出展される。

Hanse Yachtsは元気である。
ディーラーである我々は、日本国内の販促の為、
新たなMarketingを模索しなければならない。


New Hanse315の一号艇HULL


New Hanse675 の一号艇HULL


本社工場からNew Hanse675のコンセプト説明

2015年08月07日 18:15
ウィーンにて

10年近く前、冬のウィーンを訪れた時はまだ
ウィーン中央駅は無かった。

2014年の12月、南駅の近くに中央駅に建替えられた。
ベルリン中央駅にも似ている。

高速鉄道、在来線、地下鉄が立体的に入り込んでおり、
建物構造はHEAVYである。
数百年は持つように建てているのだろう。

ホテルを中央駅の近くに取っておいた。
7/10の夜は、ステファン寺院で、ヴィヴァルディの四季を
メインにした弦楽四重奏のコンサートに出かけた。

弦の音が暗く、小さく、大きな寺院内に響き渡らない。
やはりミサ曲のように、大編成の方が教会のコンサート
には効果があるように思う。
残音もビックリ。

7/11は朝一にモーツァルトの埋葬地、セント・マルクス
共同墓地に出かけた。
坂を自転車で降りてきた管理者風のおじさんが
「モーツァルトだろう ? 」 うなづくと、指で案内してくれた。

場所は容易にみつけられた。マリア・カラスの時は
苦労したのに。。。。。
埋葬場所は特定できないが、碑の近くなんだろう。

やはり、誕生した部屋と同様に特別な感情が沸いて来る。
小さな、簡素な碑も、彼の最後にふさわしい。

ヴェルヴェデーレ宮殿へ、クリムトの「接吻」を観に行った。
楽しみにしていた。
クリムトは大好きだ。
不思議な魅力を感じる。

続いてモーツァルトがウィーンに出て、最もブレイクして
いた時期の館、「モーツァルトハウス」に行った。
その頃は、今なら数千万円の年収があったようだ。

そのあと、美術史博物館へ。
ブリューゲル、デューラーの絵画を堪能した。
デューラーがあらためて好きになった。

午後6時からはモーツァルトハウスで弦楽四重奏の
コンサート。

隣席のおばさんが、「昨日もモーツァルトのお墓にお花を添えたのよ」 と。
私 「今朝、行ったんです」。 意気投合してしまった。

3日目の7/12、シェーンブルン宮殿、及び隣接している
動物園に出かけた。

ウィーンは堪能できた。

モーツァルトが生まれた部屋、ブレイクした館、そして
埋葬された墓地を、今回通しで見る事ができた。

帰国したら、再度モーツァルト研究にチャレンジしよう。

あのハイドンがモーツァルトの事を、スキルとセンスが
ピカイチと、彼のお父さんに言った。

センスとは何なんだろう ?
私は「創造力」に近いものだと思う。

芸術を鑑賞する事により、自分の仕事、人生をより創造性
のあるものにして行きたい。


ライトアップされたステファン寺院。


モーツァルトの埋葬地は
セント・マルクス共同墓地にあった。


オイゲン候の夏の別荘、ヴェルヴェデーレ宮殿

2015年07月13日 03:35
リンツにて

ザルツブルグとウィーンのほぼ中間にあるリンツに
移動した。
人口は19万超で、グラーツに次いでオーストリア第3の
都市である。

モーツァルトは交響曲「リンツ」を書いた。
3日間で書き上げた館がモーツァルトハウスとして
残っていた。

探し当てるのに一苦労だった。
聞いても知らない人が多い。
逆に外国の旅行客の方がよく知っている場合も、
日本でもよくある。

中に入れないので、特に感想はないが、見つけた事に
満足 !!


ボタンを押すと、交響曲「リンツ」が流れてくる装置があった。

2015年07月11日 00:17
ザルツブルグにて

Hanse Yachtsディーラーミーティングが、7/13-15ドイツの
工場で行われる前に、例年のごとくプライベートな旅を
7/8から楽しむ事にした。

ザルツブルグ一泊、リンツ一泊、ウィーン二泊、そして
寝台列車でベルリン経由工場のあるグライフスバルトへ
、ウインクレルの的野氏らとは現地集合。

もっともっと、モーツァルトを深掘りしたい。
夏のザルツブルグ、ウィーンにも行ってみたい。
二つの理由で、このような旅になった。

7/18から始まる約一か月半の、「ザルツブルグ音楽祭」の
前でも、観光客が多い。

物乞いも多い。
ヨーロッパ中から集まるのか? (笑)

やはりモーツァルト一色である。
同郷の指揮者カラヤンの存在感は、全くなし。

これほど、後世に尽くした天才は、他にはいないだろう。
死ぬときは、乞食同然の扱い方をされたのに。。。。

人口15万にも満たないこの町に国際空港、ブランド通り、
そして多くのコンサート会場、高級ホテル等々。

彼の生まれた家、生活した家をもう一度訪ねた。
特に生まれた部屋は、何か特別なものを感じた。

天才が生まれた事により、平穏なモーツァルト一家の
生活は、激変していく。

そのスタートの場所にもなるから。


雨模様のホーエンザルツブルグ城塞。
大きなあじさいが美しい。


モーツァルトの住居。
再建されたものだから、臨場感は少ない。

2015年07月09日 21:57
マイコクピット

3/28(土)、ピオン30の回航為、四国・仁尾マリーナに出掛けた。

3月は、4隻の引渡しを無事に終え、月末の支払いも
済ませ、気分はスッキリ。

広島観音マリーナまで70マイルを、2日間で回航する。
雨が降れば、出港を延ばすつもり。
なんと贅沢な回航なんだろう。

案の定、出港予定の翌日は雨。
マリーナでハンゼ385のオーナー藤波様と夜中の2時まで
飲んで、このGWの五島列島クルージング談議。


私はシングルハンドが大好き。
そう、自由を誰よりも求めるから。

40年以上も前に、ヨットで上陸したあの島々。。。
ヨットレースで駆け回ったこの海面。。。
シングルだからこそ、じっくり想いを駆け巡らせる。

懐かしさと同時に、いまだ海に出ている自分を
これからも応援していきたい。


手の届く場所に、いつも七つ道具を

2015年03月31日 18:58